時事ニュース:#4 小林化工 調査結果報告書から読むデータインテグリティ

こんにちは、德原です。 
今回はデータインテグリティを時事ニュースと絡めて取り上げたいと思います。 
時事ニュース:#2 医薬品 無通告立入検査の徹底強化」では、水虫薬への睡眠導入剤混入事案の製造実態について、当時明らかとなっていた情報を紹介しました。

当該事案が発覚した小林化工株式会社(以下、小林化工)は、2020年12月17日に専門家の客観的な調査による事実関係の解明及び原因分析と再発防止策に関する提言を委嘱する目的で、社外の有識者で構成される特別調査委員会を設置しました。その後、2021年4月16日に特別調査委員会の調査結果報告書(概要版)が小林化工より公表されました。

今回は、この調査結果報告書(概要版)に記載されている小林化工での医薬品製造実態の中からデータインテグリティに関わる部分をいくつか引用し、データインテグリティが確保されていない事例について解説できればと思います。 


1.  2種類の製造記録

調査結果報告書(概要版)によると、小林化工では水虫薬(イトラコナゾール錠 50mg)の製造において、承認書*と異なる製造をしていました。そして、小林化工の製造記録には、2種類の記録がありました。1つは、承認書と同じ製造方法が記載され、GMP管理されている「製造指図・記録書」、もう1つは、承認書の内容とは異なる製造方法が記載され、記録欄もあるがGMP管理されていない「現場フロー」と呼ばれる記録でした。これら2種類の製造記録について、調査結果報告書(概要版)内で下記のように報告されています。


 承認書と異なる製造方法は「現場フロー」に記載されていた。作業者は、正規の書類である製造指図・記録書ではなく、現場フローを参照しながらイトラコナゾール錠 50mg の製造を行っていた。
現場フローは、矢地第一工場内の工程管理室に設置された端末内に電子ファイルの形で保存されており、最初の工程である秤量工程を担当する作業者が、当該電子ファイルにロット番号及び日付を入力した上で印刷し、現場フローを参照しながら作業を進めていた。また、製造に使用した原料のロット番号や収量といった製造過程で得られたデータも現場フローに記録していた。 
作業者は、自らが担当する工程の作業を終えた後、作業に使用した現場フローをファイ ルに綴り、後の工程を担当する作業者に引き継いでいた。 正規の文書である製造指図・記録書は、後述するハンディターミナル入力のために現場に携行されてはいたが、製造に際して参照されることはなかった。
 作業者は、自らの担当する作業が終了した後、工程管理室等において、製造指図・記録書に作業結果を記録していたが、実際の製造実態を反映した数値等を記載していたわけではなかった。今般睡眠剤が混入したロット番号 T0EG08 の製造指図・記録書には、秤量工程において秤量したイトラコナゾールの量について、承認書に記載されたのと同じ数量(5kg)を秤量した旨の記載がなされている。しかし、実際には承認書とは齟齬する量(5.35kg)が秤量されていた。

データインテグリティの基本原則にALCOA原則があります。ALCOAとはデータインテグリティで守られるべき要件の頭文字をとったものです。 

  • A:Attributable(帰属性)
  • L:Legible(判読性)
  • C:Contemporaneous (同時性)
  • O:Original (原本性)
  • A:Accurate (正確性) 

さらに下記の4つを加えたものがALCOA+となります。 

  • Complete(完全性) 
  • Consistent (一貫性)
  • Enduring(耐久性/永続性)
  • Available(利用可能性/可用性)


上記の調査結果報告書(概要版)の引用箇所を、ALCOA+に当てはめてみましょう。 正規の書類(「製造指図・記録書」)において、Contemporaneous(同時性)、Accurate(正確性)が担保されていませんでした。 

  • 同時性:正規の書類(「製造指図・記録書」)において、自らの担当する作業が終了した後、工程管理室等で「製造指図・記録書」に作業結果を記録していたとあるので、作業と同時に記録するべき同時性が守られていないと考えられます。
  • 正確性:承認書と齟齬のある数量を秤量しているにもからわらず、「製造指図・記録書」には承認書に記載されている量と同じ数量を秤量した記録になっており、正規の書類(「製造指図・記録書」)において正確性が欠如した記録となっています。


 2. 記録の保管

GMP外の記録ではありますが、実際の製造結果が記録されている「現場フロー」に着目して、記録の保管についても取り上げます。調査結果報告書(概要版)内で、「現場フロー」の保管実態について下記のように記載されています。

調製工程で使用された現場フローは、製品ごとにファイルに綴られた上で、工程管理室で保管されていた。ファイルは、概ね1年分の記録が綴られると機械室に移動され、そこで保管されていたが、機械室の清掃等に併せて廃棄されることもあったようである。本来であれば、医薬品の製造記録は、原則として、作成の日から 5 年間保管しなければならず、医薬品の有効期間に 1 年を加算した期間が 5 年よりも長い場合には、当該期間保管しなければならない。これは、市場で流通する医薬品に副作用等の問題が生じた場合に、その原因究明を確実に行うための要求である。
実際、イトラコナゾール錠 50mg への睡眠薬混入が発覚した後、福井県等からの指示により、小林化工は、その製造する全製品について、現場フローを確認した上で、製造過程に問題がないか確認しようとしたが、現場フローが廃棄されている例が多く、製造当時の状況を把握することが困難な状況に陥っている。

引用部分にも記載がある通り、GMPで管理する記録は保管期間が定められています。ここでもデータインテグリティの原則であるALCOA+に当てはめると、「現場フロー」において、Available(利用可能性)が担保されていません。

  • 利用可能性:実際の製造結果が記録された「現場フロー」を小林化工では適切に保管していませんでした。すなわち、記録の保管すべき期間を通じて、必要な時に記録を取り出し、利用できることが担保できていない状況です。原因究明が必要な時に当時の記録を確認できない状況を防ぐためにも、記録の発行から保管・廃棄にいたるまで適切に管理することが必要です。 


3. 製造指図・記録書に必要な要件

私が調査結果報告書(概要版)を読んでみて、小林化工 矢地事業所内の矢地第一工場で正規の書類である製造指図・記録書が製造中にあまり参照されていない点が気になりました。その理由の一つは、正規の書類に承認書と齟齬のある内容を記載できず、実際の作業とは異なる内容であったためと思われますが、別の理由もあったようです。別の理由に該当する部分を引用します。

現場フローは、承認書と齟齬する製品について存在していたほか、承認書と齟齬しない製造が行われている製品についても存在した。その一つの理由として、矢地事業所の製造管理者は、製造指図・記録書の記載が余りに簡素であり、実際の作業における参照の用に耐えられるものではなかったと述べる。 アンケート調査においても、現場フローの方が実際の製造作業で必要となる詳細な手順が記載されており、作業の際に参照するには有用である一方で、製造指図・記録書には必要な情報が記載されていないといった指摘が相次いでいる。 

調査結果報告書(概要版)では「製造指図・記録書」の例までは公表されていませんでしたが、上記の引用部分によると、正規の書類(「製造指図・記録書」)の記載内容が余りに簡素であったようです。これはデータインテグリティの原則ALCOA+に当てはめると、Complete(完全性)が担保されていないと考えられます。

  • 完全性:「製造指図・記録書」の記載が、実際の作業における参照の用に耐えられないほど簡素であったとのことから、「製造指図・記録書」の記録から製造時の事象を再現に必要な情報が全て揃っていない可能性、すなわち記録の完全性が担保されていない可能性があります。指図書には正確な作業ができるように情報を網羅し、記録書には作業の結果を漏れなく記載できるように記録欄を設けることが、ALCOA+を確保するために必要な要件となります。そのためには、承認書の内容や製造工程を理解している人と実際に作業・記録している人が協力して製造指図・記録で改善点がないか見直すことも重要であると思われます。


以上、今回は小林化工の調査結果報告書のデータインテグリティに関する内容から数ヶ所を引用して、データインテグリティが確保されていない事例について解説させていただきました。

[補足]
承認書*:薬機法の第14条に、製造販売業者は取り扱う医薬品の品目ごとに承認を取得する必要があることが定められています。承認された製造方法、試験方法などが記載されたものは一般に承認書と呼ばれています。


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